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おっかあのブログ

そうか!作ればいいんだ!

許し抱きしめる

こんな記事をFacebook上で見つけました。
http://buzzmag.jp/archives/33482

義理父のピストルを勝手に持ち出したハウという青年が、スクールバスの中で、友人たちに見せびらかしていた時に発砲してしまった弾が、同じバスに乗っていた13歳の娘に当たって亡くなってしまったのです。

その裁判で、その娘さんの母親と犯人が対面した時のお話です。

その時の母親の取った行動。

娘を射殺してしまった青年のことを、許し抱きしめたのです。

さらに、刑を軽くするように申し出ました。

ハウが少年院を出た後、亡くなった娘の母親と一緒に学校を訪問し、ピストルの危険性について講演をすることになりました。

母親の言葉
「ハウは娘の友人でもあったし、娘はきっと、彼に重刑を与えることなんて望んでいないはず。これからの私たちには、2度と同じことが起きないように他の子どもたちをサポートするチャンスがあります。」
この事件によってチャンスを与えられた、と言っています。

悔やんだり恨んだりするのではなく、許し抱きしめる。
そこに、本当の愛を感じます。


この記事を目にしたとき、即座におっかあは息子のことと重ねていました。

ちょっとここからは、話が長くなるかもです。

実は、おっかあは、
息子を病気にさせてしまったのは、
今もこれからもずっと、間違いなく自分のせいだと思っています。

なぜなら、息子がお腹の中にいた時、
つわりがなかったことから、結構むりをしていました。
そして息子が生まれた時、救急車で運び出さねばならないような事態になってしまった。
それは妊娠中の時の意識の低さ、甘さから
お腹の息子が大変なことになっていたに違いありません。
そのことが、息子を病気へと追いやってしまったんです。

それでも少し前までは、
「だって、つわりがなかったから・・・」
「でも、その時は知識がなかったし・・・」
「調べる術がなかった・・・」

などと、言い訳をしては気持ちを楽にしようとしていました。

でも、何を言ってもそれは言い訳でしかなくて、
言い訳をしている限り、かえって苦しい。

息子をここまで追いやってしまったのは、
全部おっかあのせい!

と、完全に認めるようになったのは、一年くらい前でしょうか?
(ああ〜思えば、去年は七回忌でした。)

子どもを、命がけで守れなかったバカ親だと認めました。

今現在は、息子の病気がきっかけになって、
ナチュラルに生きることに関心を持ち、
すっかりその生活を楽しむ毎日になりました。

だからこそ、もう誤魔化しがきかなくなったんです。

でも、息子を死に追いやったのは自分のせいだと思っているだけでは
何の解決にもならないし、やっぱりそれでは苦しすぎます。

おまえのせいなんだから、一生背負って苦しんで生きていけ!
・・・っていうことではありません。

もちろん、一生背負って生きていきます。
でも、苦しむことはないと思っています。

ここで、この事件のお母さんの行動が、おっかあには身に染みたのです。

息子は、すでにおっかあのことを、許し抱きしめてくれている!
すでに・・・というか、最初から。

どう説明したらいいのかわかりませんが、
なんか、そうなんです。

息子が亡くなった後の、次々変化し訪れる日々の生活。
完全に、許し抱きしめてくれています。

そして思ったのは、今度はおっかあ自身を自分で許し抱きしめることだと思いました。
先ほども言いましたが、一生背負って生きていくことは変わりませんが、、
背負うというのは、苦しむということではありません。

「2度と同じことが起きないように他の子どもたちをサポートするチャンスがあります。」
と言って、犯人である青年と一緒に行動をおこした母親。

犯人であるおっかあは、おっかあと一緒に行動に移していくことなのかもしれません。


『許し抱きしめる』

究極の愛だと感じました。