読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おっかあのブログ

そうか!作ればいいんだ!

親のエゴ

昨日の阿部敏郎さんのブログの一文・・・・

「いま起きていることも、いまあなたを取り巻くあらゆる状況も必然であり、その背景には大きな理由があります。

あなたが大いなる存在とひとつになるために、最終的な一押しに繋がるために、いま必要なことが起きているのです。

悠久の宇宙的な時の流れから見れば、今生で不慮の死を迎えることさえ必要で起きているということです。」


・・・・よお〜く解ってはいるのです。息子が20歳で他界することも必然であって、それは大きな理由があるということで、それは息子自身が決めたことでもあって、しかも息子は今でも元気で大いなる存在の元で幸せにしている訳で・・・

そして、今でもおっかあ達と共にいて、おっかあ達に働きかけてくれているのも実感している。

すべての出来事は必然。
本当にその通り!と感じることも日常多々あります。


でも、息子のことに限ってはどうしても思えない・・・・・
・・・・・思えないんじゃなくて、思いたくない、が本当のところかもしれません。

もし、本気で思えるときが来たら、思えてしまったことに対して、今度は親として罪悪感を感じてしまい苦しむかもしれません。


息子の声が聞こえない。
息子の姿が見えない。
息子の成長の姿を見ることができない。
息子と一緒に飲みに行くこともできない。
息子がドラムを叩いている姿を見ることができない。

・・・・・・・・・

五感で息子を感知することがもう不可能なわけです。

もっとこの世で生きていれば、もっといろんな経験を楽しむことができただろうに・・・


更に、精神世界で言うところの「ワンネス」「みんなひとつ」
だから、あなたは私、私はあなた、息子は私、私は息子。

本当だったら、それを感じることはとても幸せなことになるはずなのに、これまた息子に限っては、「息子は息子」であってほしい、と思ってしまうのです。



ここまで支離滅裂に書いてきて思いましたが、これは完全に親のエゴです。


息子が〜
息子の〜
息子と〜


これらは


おっかあが〜
おっかあの〜
おっかあと〜

と言っているのと同じであって、これは完全におっかあの自己中心的で、まるで息子はおっかあの所有物であるかのような意識からきてますよね。

おっかあの自我か強烈すぎて、ガッチガチ状態です。


息子と魂同士のお付き合いになったことによって、より深い付き合いになってる。
より息子の存在感が増している。
これも日々実感としてあるのに、時に、親のエゴがむくむくと膨れ上がって止まらなくなることがこんなふうにあるんです。


親のエゴは最強です。

大分開放されて来たかな〜?と思うと、また強い自我が現れる。
その繰り返しです。

そんなおっかあを息子はどんな気持で見ているんでしょう?


息子:「まいったなあ〜、俺のせいだ。申し訳ない。」

〜なんて言っていそうで・・・

おっかあ:「申し訳ないのはこっちのセリフだよ。でも幸せであることは間違いないから、安心してそっちで待ってな〜」


本当に何度も言いますが、支離滅裂でお恥ずかしい。
でも、書いているうちになんとなくスッキリしてきたような気がしてます。

ありがとう。