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おっかあのブログ

そうか!作ればいいんだ!

鈴木啓介さん

モノリスワークというチャネリングワークをされている鈴木啓介さん。


鈴木啓介さんの著書「はじめてのチャネリング」という本ですが、
二年前?くらいに購入して、その時最初の方を読んだだけで
なんか難しくてピンとこなかったので、そのままにしていました。


しばらく、スピ系の本から離れていましたが、久しぶりに読んでみようと
この「はじめてのチャネリング」を読み始めたら〜
なんとまあ!おもしろい!
スイスイ入っていくじゃありませんか!
すぐに読み終え、鈴木啓介さんの本、二冊目「はじめての超意識覚醒」
これも読んでしまいました。


こ〜れは、おもしろかった!
入り込みました!



息子が旅立ってから今日までの五年間、
精神世界の本や、講演会、瞑想会等、
いろいろやってきましたが、
ここまでの集大成みたいな感じで、
一言一言が心にしっかりと入ってくる感じがしました。


特にその中の一部で、何のことだかさっぱりわからなかったことが
今では何となくですが、感じ始めた内容を、ここに抜粋させていただきます。




『恋人と別れた、恋人に捨てられた、これらはただの「現象」に過ぎず、それ自体に不幸を含んでいません。
このことが不幸なのは、私たちの心がそれを「不幸と受け止めている」からです。
つまり「不幸の感覚」とは、外的な要因から生じるものではなく、内的なエゴから生じる執着なのです。
不幸とは、その状況を嘆き、自己憐憫の甘い世界に浸り、自分の力が及ばない「何事か」によって自分はかわいそうな状況になったと必死に自分に言い聞かせている状況です。
人は「自分は不幸になったので苦しんでいる」と思っています。』




ここでは恋人ですが、
おっかあたちのように、子を亡くした親のことでもあると思います。
でも、恋人の部分を、子どもに置き換えて読んでみると、
子を亡くした親御さんからのブーイングに遭いそうな感じになってしまいますね。


おっかあも、息子が旅立った瞬間、
世界一不幸な親だと感じたものです。
でもここでは、「不幸の感覚」は「内的なエゴから生じる執着」
であると言っています。
最近このことが少しわかります。
言葉ではうまく表現できませんが、
不幸を演じている〜と言ったらいいでしょうか?
必死に不幸であることを自分に言い聞かせている〜
自己憐憫の甘い世界に浸ってる〜


・・・なんか、この感覚がわかっちゃうんです。
でもこれ、子を亡くした親に向かってこんなことを言うのは酷いことですよね。
できれば蓋をしておきたい感覚です。
「自己憐憫の甘い世界に浸り〜」ですよ!
こりゃあ、悲しみに打ちひしがれている親にとっては
ひどい!
なんてことを!
ですよね。


でも、潜在意識ではしっかりとこのことに気がついてる。



ここ数ヶ月の間、内海医師による過激な言葉で
おっかあの中の封印していた醜い感覚(悪魔の部分)の蓋が少し開いてきて、
そして今回の、鈴木啓介さんの著者によって
再確認させてもらったみたいで、
気分がいいです。


人には天使と悪魔が住み着いていて、
悪魔の自分は見て見ぬ振りをして生きてしまいがちです。
でも、天使も悪魔もどちらも大切な自分。
悪魔の自分をも愛おしいと思えるようになれたらいいなと思います。


きっと、まだまだおっかあの中には
更に醜い悪魔が潜んでいて、
事あるごとに、蓋が開いて出てくるんだろうな。

でも、すっかりMになってしまった^^;おっかあは、
悪魔さん、待ってました♡ってお迎えできるような気がします。



息子よ、おっかあを導いてくれてありがとう!